誰にお願いするのか?(言語分析編)

お願いしておきます

【会話1】
(会話者がAとBのみ)
A:この件についてBさんにお願いできますか?
B:すみません。その日は別の用事があるので厳しいです。
A:そうですか。では、この件についてはCさんにお願いします
B:はい。申し訳ありません。

この文は、赤字の部分が不自然だろうと思います。
では、次の文はどうでしょうか?

【会話2】
(会話者がAとBのみ)
A:この件についてBさんにお願いできますか?
B:すみません。その日は別の用事があるので厳しいです。
A:そうですか。では、この件についてはCさんにお願いしておきます
B:はい。申し訳ありません。

自然な日本語になりました。
“お願いします“と
“お願いしておきます“
とでは何が違うのでしょうか?

お願いの相手は?

“願う“の意味は、

配慮を求める。よろしく頼む。丁寧に依頼する。(広辞苑第七版)

とあります。
ですが、もとは、

実現して欲しいことをかなえてくれるよう、神仏に申し伝える、祈願する(広辞苑第七版)

という意味です(広辞苑の語義は語源に近いものから列記されており、“願う“の最初の語義がこの語義だからです)。
“願う“場合、願う相手に向かって願う内容を伝えるはずです。願う相手がいないのに、願いをすることはないでしょう。なぜなら、願うということは、願いを聞いてもらい、できれば叶えてもらいたいからで、願いを叶えてくれる相手にその願いが届かないと“願う“意味がないからです。
神社仏閣に出向いてお願いをするのは願う相手がそこにいると信じているからです。
神社仏閣に出向かなくても、神社仏閣がある方向に向かってお願いをする場合もあるでしょう。その場合のお願いは、その方向に願う相手がいると信じているからです。
また、神社仏閣に出向かず、その方向に向かうことがなくても、お願いをしている場合は、その神社仏閣を頭で想定していることが多いはずです。これも頭の中で願う相手を想定していることになります。
ということは、“願う“という行為は、願いを叶えてくれる相手に向かってなす行為ということになります。願いを叶えてくれる相手を目の前にしてなされる行為が“願う“ですから、“願う“という語は、願われる相手が目の前にいなければ成立しない語となります。

【会話1】はどこが不自然?

では、【会話1】はどこが不自然なのでしょうか?
“願う“の語義からすると、願う相手が目の前にいる必要がありますが、【会話1】では、お願いされるCさんがこの会話の場面にはいません。だから【会話1】は不自然なのです。
もちろん、Cさんにお願いをしようと考えているAは頭の中ではCさんのことを考えているはずですが、Cさんへのお願いを面前にいるBさんに言ったとしても、BさんはAさんに願われる相手ではありませんから、Bさんとしてはどうしようもありません。Aさんの意図をBさんはわかるでしょうが、せいぜいBとしては「そうしてください。すみません」と言うくらいでしょう。

【会話2】はなぜ自然?

AとBの会話で、この件についてはCさんにお願いしておきます。は自然な日本語です。何故でしょうか?

~し「ておく」=
あらかじめ、ある動作をする。前もって…する(広辞苑第七版)
あとに起こる事柄を予想して、前もって…する意を表す(大辞林第四版)

という意味です。
ですので、「お願いしておく」とは、前もってお願いするという意を表すことになります。
【会話2】の文脈でいえば、

「この件についてはCさんにお願いしておきます」
=この件についてはCさんに前もってお願いするという意思があることをAさんがBさんに伝える

という内容になっています。
会話当事者であるAB間で、Aが会話の第三者Cに何かをお願いする意思があることを会話当事者のBに直接伝えることは何の問題もありません。【会話2】は自然となります。

---終---

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